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ダウンロードして生きる〜ライトランゲージにみる可能性

Sound Artist maco

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ライトランゲージを使うようになってから、
自然に、高次から情報(データ)をダウンロードして、
それを生きる…というようなことが、よく起こるようになりました。


昨日、たまたま、なんだかネットで検索していて、ヒットした、
はせくらみゆきさんのブログで、
同じように「ダウンロード」のことが書かれていて、
そうそう、それそれ!という気持ちだったので、引用させて頂きます。


最近、111とか222,333といったゾロ目の数をよく見ますが、その数霊ってどんなですか? と聞かれることがよくあります。

といっても、実は・・・あまり覚えていないんです(汗)。

というのは、マヤや言霊についてもそうなのですが、直観を通して、意識をその情報層の時空フィールドにコンタクトすると、ボトッと辞書が落ちてくるような感じで、かたまりとして閃き、それを言語化すると、今まで出させていただいたような書籍の文章となるという感じなので、すぐに出てこないんです。

もっとも、また引き出す時は、まるで検索をかけて情報を取り出し、それをダウンロードして開くというプロセスをふむんです。

もちろんこれは、私の特許でも何でもなくて、すべての人が全員やれちゃうことを知っていますが、たまたまちょっとだけ早く覚えちゃったという感じでしょうか。ホモサピエンスは、すばらしい生体コンピューターを搭載していますよ!




わたしは、書籍化する文章のような情報ではないけれど、
その時、わたしの人生において必要となるデータ、、、

例えば、

作曲するうえでの、曲のエネルギーや構造だったり、

歌ったり弾いたりする上での&日常を健やかに生きる上での、身体や身体のエネルギーの使い方だったり、

WSや講座やセッションの内容だったり、

WSの中で、その時、その場にいる方に伝達する意識だったり、

なんらかのプロジェクトやイベントのエネルギー情報だったり、、、


そういったデータを、
いろいろな場面で、まさに「ダウンロード」して、
この次元のカタチに変換して、表現するようになってきました。



それは、たとえるなら、宇宙のホストコンピュータのようなところから、
ソフトのデータ(もしかしたら、OSのようなものも?)をダウンロードして、
この「ヒト」という形態のハード(身体や心)に、
インストールして、それを表現&創造して生きるという感じ…

まさに、Macとか、iPhoneとかで、
ネットからアプリをダウンロード&インストールして使う感じです。



そして、そのデータは、

「なにもない」けど「確かにある」周波数のような状態で届いたり、
身体の「鋳型」のような、透明なグリッド状で届いたり、
映画マトリックスのオープニングみたいに、数字のようなものや、
光のつぶつぶが、サラサラと降ってくるような感じで届いたり、
幾何学のような図形として届いたり、、、

認識の仕方は、そのデータの内容や、自分の意識の状態によって様々ですが、
ヒーリングのエネルギーをダウンロードするのとは、またちょっと感覚が違って、

まさに「情報」「データ」という感じで、とてもニュートラルな状態で届き、
圧縮ファイルが解凍されるように、ほどけてひらいていきます。


WSやセッションでは、
クライアントさんのスピリットとの共同創造という感じで、
ライトランゲージと共に、オートで、
様々なデータのダウンロードが起こりますが、

わたし自身の日常生活のなかでも、
例えば、

声楽家の身体の使い方が、人型の透明なグリッド状で上から降りてきて、
それが身体にはまった途端に、身体がそのままに自ら動き出して歌えたり、
(このデータは、わたしの魂に入っている、一番近い過去世のデータから来たもの。
 それを、いつでも再生可能にするには、意識のフォーカスの訓練が必要なのだけど…。)

S❤Xの時のエネルギーの使い方、クンダリーニの上げ方?や、多次元的なエネルギーの交流の仕方と、
ライトボディへのエネルギーの送り方などの情報が、光のつぶつぶ状で降ってきたり、
(このデータも、わたしの魂に入っている、古代エジプトの神殿で使われていたもので、頭で理解はできないけど、身体にダウンロードしたので、身体がどうやればいいか勝手にわかるようになった。)

地球合唱団プロジェクトも、初めてのミーティングでお茶を飲んでいる最中に、
サラサラと、光のつぶつぶ状で大量に降ってきて、
後日、プロジェクトの概要と、詞曲に変換されていったり、、、
(このデータは、リラの意識を中心とする、ソウルグループからもたらされたもの。)


…という感じで、基本的に、マインドを介さずに、
(マインドは、必要があれば、後から付き従う感じで)
データがおりてくることが、よく起こるようになり、


最近は、特に、自身の意識の変容に関わるようなことや、
(思考のパターンの書き換えのためのヒントのデータとか)

すごく興味をもっている、身体意識とか、身体の可能性にかかわるデータを、
その時々で、意図してアクセスし、ダウンロードするようにもなりました。
(それが、高次の意図と合致していて、恐れや執着がない時に、スムーズにおこるように思います。)



そして、はせくらさんも書いていらっしゃるように、
これは、ほんとうに、誰にでも備わっている機能のように感じています。




ちなみに、「データ」とか「ダウンロード」という言葉を使うと、
非常に無機質で機械的で、血の通わないロボットやコンピュータのような、
そんな冷たい感じがするかもしれないですが、

そもそもの根幹として、
「わたしはもちろん、つながりあうすべての生命が、
安らぎの上に、豊かに栄え、生命を謳歌して、幸せに生きる。」ためのデータだし、
(そうみえていない時であれ、大元から観れば、すべての生命は、それ自身を謳歌しているのだけど。)

そこには、とても美しい理とか、システムのようなものがあるなぁと思います。
(数学の美しさと似ているのかも。。。数学は苦手だけど


ほんとうに、ニュートラルなところに立つと、
生命は、すべてを無条件に許容しているからこそ、そこに善悪などなく、
あらゆる豊かさそのものでありながら、
同時に、とてもシステマチックでもあり、シンプルきわまりないのだと思います。



社会にも言えることだけど、
なんのためにシステムが働いているかが重要。

愛から力を行使する…とかと同じことかも。


違う言い方をすれば、

わたしはもちろん、この地球上のすべてに、
宇宙意識・魂意識と、ガイア意識・肉体意識の、
男性性と女性性の共同作業というか、
パートナーシップの力のようなものが働いていて、

自分の内奥に、
(内奥と書くけど、内でも外でもなく、奥でも手前でもない。)
ほんとうに慈しみ深い、母なる地球そのものの思い(感性や、ダイナミックな生命エネルギー)と、
その地球を幸せにしたい、父なる宇宙そのものの意図(知性や、システマチックな情報)が、
両立しているのを感じます。。。

そして、地球を含む、宇宙のすべてに、ミクロにもマクロにも!!






「データ」って言葉から、
大幅に話が横道にそれましたが(笑)


この「ダウンロード」の感覚に、
わたしは、すごく、人間の進化の可能性を感じてもいます。

(そして、すでに、そうして生きている人は、
こういう、スピ的な理解のあるなしに関わらず、
きっと、たくさんいるのだろうと思います。)


そして、「進化」と言っても、
なにか特別なすごいものになる…とかいうことでなく、

自然な生命のありようにかえり、
本来もっている無限の可能性をひらくことだと思うし、

まだまだ、自分を含め、人間には、
潜んでいる力がたくさんあるのだと感じています。


それは、自然生命そのものであり、
生命に秘められた叡智のようなものかと。。。


IMG_1056.jpg


…で、なんで、わたしの場合、
ライトランゲージを使うようになってから、

ライトランゲージを話してる時以外にも、
この「ダウンロード」がよく起こるようになったかというと、


ライトランゲージを使うということは、例えて言うなら、
ハイヤーセルフで音を紡ぎ創造する…ということで、

ハイヤーセルフと言っても、
グラデーションのように、いろんな次元・階層があるので、
(大元はすべての源であり、すべてであり、ZEROであり、それはいつも「今ここ」にあります。)

ハイヤーセルフの状態で、音を紡ぐことで、
そのハイヤーセルフを中継点として、
さらにハイヤーな(精妙で抽象度の高い)領域に
アクセスすることが可能になるうえに、

ライトランゲージを使う時は、
マインドを介さずに話すことになるので、
マインドで情報が歪んだり、ずれたりするようなことが無くなり、

その状態に、慣れ親しんできたため、
結果的に、高次から「ダウンロード」するということが、
自然に起こるようになってきたんだろうな〜と、
そう感じています。

(もちろん、それだけではないとは思うけど、主な要因として。)




ちなみに、ハイヤーセルフとか、高次などというと、
これまた、どうかすると、
ここではない、どこか特別なところに、「行く」ような感じや、
なにかにすごいものに「なる」がするかもしれませんが、

わたし的には、それは、だと感じていて、

深い安らぎや信頼とともに、

むしろ、ただ「ここにいる」ことであり、
何かに「なろうとしない」ことだと思っています。



「今・ここ」が、すべてとつながるポイントであり、
そして、すべてそのものである、
時空をこえた意識です。(つまり、ポイントですらない。)

※このことについては、また改めて書きたいと思います。




生きてくる中で身につけた、さまざまな制約に縛られた、
人間としての「わたし」からでなく、

より高い視点、広い視野、トータルな視座をもつ、
大いなる自己からの再創造、創造の遊びのために、

ライトランゲージはとても有効なツールだと思いますし、

わたし自身、ライトランゲージを使うことで、どれだけ自分が、
ずれたチューニングで生きてきたのか(笑)
本当によくわかるようにもなってきましたし、

ライトランゲージを話す時の「在り方」が、
自分の生きる基盤や指針になってくれていることを感じます。



ライトランゲージという「音」を紡ぐ楽しさや、その心地よさとともに、
より純粋な光の音にダイブするように、研鑽をつむ日々です




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