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パンドラの箱

Sound Artist maco

あらゆる災いのつまった、パンドラの箱に、
最後に残ったのは「希望」…というあの話。

「最後には、希望があるから、大丈夫だよ」という感覚で、
今まで捉えていたけど、

もしかして、反対なんじゃないかな〜と思った。



希望こそ、災いのラスボスなのだと思う。
(だって、そもそもが「あらゆる災いのつまった箱」なんだし。)



ここではない、どこかの、
今ではない、いつかの、
こんなんじゃない、わたし(誰か/何か/世界)を、
渇望し、探し求め、さまよいつづけ、

なにかを手に入れたと思っても、
また失ったり、もっと欲しくなったり、、、

絶望しきらないからこそ、

今ここにすでに「ある」
永遠の至福を取りこぼす。



希望が絶望を生み出す。

そして、「絶望した」と、暗澹たる思いでいる時は、
どこかで、まだ救いを求めて、希望をもっていたりする(笑)

ほんとうに絶望すると、清々しく、安らかなものだ。



絶望しきって、完全に降参することは、
救済であり、安らぎなのだと思う。

探し求めることは、見つからないことだから。

どこにも救いはないと理解した時、
すでに救われていたことに気づくのだから。

そうすると、あらゆることが、
ただあるがままになり、
すべての苦しみが終わる。



ただ、そのままを生きればいい。
そのままを生きないことすら、そのままだ(笑)
すべてが、もともと、そのままだ。

そこに「わたし」はいない。
ただあるものが、ただあるだけだ。



ちなみに、我が家には、災いをもたらすパンドラの箱ではなく、
笑いをもたらすニャンドラの箱がある。

曽根



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Posted bySound Artist maco

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